創業者 常藤季王
1934年3月18日、福岡県北九州市生まれ。
1954年に高垣商店(現ヤマプラス)へ入社し、プラスチック押出成形品の販売部門立ち上げに携わる。1968年12月、東京都江戸川区にデコライン株式会社を創設。
戦火、飢餓、創業、失敗、再生。そのすべてを「こころの宝」に変えながら、デコラインは今日まで続いてきました。創業者・常藤季王が遺した原点は、単なる精神論ではなく、会社を存続させるための実践的な哲学です。
「食えることのありがたさ」を原点に、社員が安心して働ける場所をつくる。
創業者・常藤季王は、戦後の極限の貧困と飢餓を経験しました。その体験が、「社員が腹を満たし、安んじて働ける場をつくる」という経営の原点になっています。デコラインのものづくりと人づくりは、この思いから始まっています。
1945年の八幡大空襲を生き延び、大分県豊後高田市へ疎開。成長期にもかかわらず、数日おきに「朝飯抜き、昼は断食、夜は絶食」という生活を経験しました。この飢餓体験が、「食えることのありがたさ」を経営の出発点にしています。
商社での営業活動の中で押出成形技術に着目し、その応用の広さに魅了されました。外観装飾だけでなくパッキン材としても使える汎用性の高い製品を「デコレーション・ライン」、略して「デコライン」と命名し、独立の核になると確信しました。
八幡大空襲を生き延び、疎開先で飢餓と貧困を経験。この原体験が「社員が安心して働ける会社をつくる」という使命につながりました。
高垣商店に入社し、「一目散に行って、一目散に帰れ」という仕事観と、感謝・寛容を重んじる人間性の基礎を培いました。

社会の需要が織物から化学工業品へ移る中で、商社の営業現場から押出成形技術に着目。基本原理を押さえれば用途に応じて無限に応用できるという汎用性に魅了されました。
日本ビクター向けのステレオ縁飾り量産化を成功させる一方で、一社依存の危険性も痛感。そこから自動車・住宅・家電へ広がる汎用製品を構想し、「デコレーション・ライン」略して「デコライン」と命名しました。
34歳で独立。資金も設備もない中、支援を受けて資本金600万円を調達し、デコライン株式会社を創業しました。

樹脂製サッシ枠の量産中止で年商の約20%にあたる損失を被るも、すぐに営業活動を再開し、新たな案件を受注。「なにくそ」と攻め続ける姿勢で危機を乗り越えました。
創業者は「中堅・中小企業の利点は、その身軽さを活かした機動力にある」と語りました。単一事業に偏らず、用途を広げ、現場に足を運び、変化に応じて動き続けることで、会社は幾度もの環境変化を乗り越えてきました。

攻めの姿勢、技術への誠実な探究心、人への感謝と寛容さ。創業者の価値観は、いまもデコラインの事業運営と人づくりの基盤に息づいています。
戦火、飢餓、失敗を単なる不運で終わらせず、自己成長と再起の糧に変える姿勢。
仕事への誠実さとスピード。愚直な実行が信頼につながるという教え。
現場に足を運び、情報を集め、商品開発につなげる。商売の種は自ら拾いにいく。
仕事以前に、人としての基本を徹底する。ものづくりの品質もここから始まる。
押出成形の基本原理を深く理解し、用途に応じて応用を広げていく姿勢。
部品一つの欠品が完成品を止める。その重大性を理解し、継続供給を責任として果たす。
相手の過ちを責めるだけでなく、信じ、良くなることを望み、耐え続ける人間関係の思想。
失敗を避ける人生から得られるものは少ない。挑戦し、失敗し、学ぶことに価値がある。
デコラインがここまで続いてきたのは、創業者が「すべてをひっくるめた運命」を受け入れ、それを成長の糧に変えてきたからです。私たちはこの精神を、技術、品質、人づくり、そして企業の長寿へとつなげていきます。